今日も絶好調、山本です。

皆様、初めまして!

そしてお待たせしました!(誰も待ってない)

今年の4月に設計課として入社しました山本優希と申します!

 

早速ですが武田さん大森くんに続き「私の育った家」についてお話させていただきます。

 

私は地元が北見市で高校まで北見で過ごしました。その後大学で札幌に行き、就職で帯広に来ました。

今思うと実家での生活が大分前のように感じます…

やっぱり実家は良かったなぁ…(笑)

掃除も限られているし、美味しいご飯も出るし、光熱費も払わなくて済むし(笑)

本当に親には感謝ですね。

保育所に通っていたときにはアパートに住み、小学校に入学するのとほぼ同時くらいに新しい家に住み始めました。父が建築の仕事をしていることもあり、自分で設計して家を建てたことを聞き素直にかっこいいなぁと思っていた記憶があります。それが今の私自身の仕事をしている理由にも繋がっていると思います。

小さい頃は2歳下の妹と双子の片割れの姉と3人仲良く遊んだり喧嘩していたりしていたことを薄っすら覚えています。家の目の前には公園もあったのでほぼ毎日遊んでいたと思います。

家は2階建てで私の部屋は2階にありました。壁に大きな穴を空けて手作りのはしごでそこに登れるようになっていて、そこで高校3年生まで寝ていました。個人的には一番好きな空間でした(秘密基地みたいで(笑))。

中学、高校にあがるにつれ兄弟や親との会話も少なくなり、特に私と双子の姉は一人で過ごす時間が増えていったと思います。そういう部分では双子って似るのかなぁ(笑)いや、全然似てない!(笑)

会話は減っていったけど一番落ち着けて素でいられる空間が私の家でした。親からもほとんど何も言われずに育ってきましたが、人として何が正しいのか、何が間違っているのかは自然と分かるようになっていったと思うので、今の自分を作り上げた空間でもあると思います。

帯広という新たな地で生活し、ホーム創建で働かせていただいていますが、本当に刺激のある毎日で時間が過ぎるのがとても速いです。まだまだ未熟で至らない部分がたくさんありますが、これからもっともっと成長して帯広という地域に貢献していけるように日々仕事を頑張っていきますので、何卒山本優希をよろしくお願い致します!

 

それでは、設計課の山本でした!